陰りが見え始めたのか…I MISSED “THE SHOCK”あの事件の直前の曲。。。

1989年、芸能界に衝撃が走りました。当時TOPアイドルであり、カリスマの象徴であった中森明菜の自殺騒動です。

しかも、その場所が男性側TOPアイドル近藤真彦の部屋。

正確に言うと浴室なのですが、この事件が世間が与えた衝撃は現在の吉本興業の騒動の比ではありませんでした。

そして、明菜の栄光の歴史は完全にSTOPしてしまう訳ですが、その最後の曲になってしまったのが、このI MISSED “THE SHOCK”という曲。

I MISSED “THE SHOCK”

世間に大きなショックを与えた時の直前の曲名が、このタイトルであった事に何か歴史の皮肉を感じざる終えません。

wikkより
『ザテレビジョン』によると「I MISSED "THE SHOCK"」のタイトルについて「日本語に翻訳不可能」と解説されており、中森自身も同様のコメントを残している。本曲を歌うときに着ていた衣装は、当初中森に向けて作られた衣装ではなかった。中森が雑誌に掲載されていたデパート伊勢丹の広告にこの衣装を着たモデルを見て、「この曲のイメージにぴったりの衣装が見つかった」と一目惚れ、この衣装のデザイナー甲賀真理子に「ぜひ私の曲の衣装として、この衣装を提供して欲しい」と直訴した。当初甲賀はこの申し出に難色を示したが、中森の熱烈な要望に対し快諾、衣装として提供することとなった。

I MISSED "THE SHOCKでwith me?

この楽曲は、1988年11月14日付のオリコン週間シングルチャートで初登場し最高順位3位を記録後、翌週の1988年11月21日付まで2週連続で3位を記録した。同チャートの100位以内においては、計16週に渡ってランクインしている。これにより「サザン・ウインド」から「TATTOO」まで続いていた同チャートの連続首位記録が本作で途絶えた。しかし次作の「LIAR」では再び1位を記録した。





















音楽番組では、TBS系の『ザ・ベストテン』でも最高位3位だったが、日本テレビ系の『歌のトップテン』では1位を記録した。トータルセールスでは、この年リリースしたシングルの「AL-MAUJ (アルマージ)」と「TATTOO」を上回った。またこの作品のヒットにより、中森の全シングルの総売上枚数が1000万枚を突破した。
続く。。。
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