バカリズムと夢眠ねむが結婚だとぉ!アイドリングが相手じゃねぇのかよ!ww

本日、速報でバカリズムの結婚報道が流れました。 年末の繁忙時期を狙って、あまり騒がれない事を見越してのタイミングでしょう。 バカリズムの結婚相手は絶対、元アイドリング!!の誰かだと思っていましたが、意外にもその相手は、元でんぱ組incの夢見ねむさんでした。 予想のナナ...

半分少女からキョンキョンの髪型はショートヘアーで定着した。ヤバい。。。ポロリ(笑)

小泉今日子と言えばショートな髪型を意識する人が多いと思います。 実際にデビュー当時の聖子ちゃんカットにしている彼女を見ると、違和感を覚える若者も多く、それ程にキョン2は短いイメージが定着しています。 そして、タイトルでも言っているように、彼女が単髪路線に舵を切ったの...

ショートカットヘアー。小泉今日子がこのイメージである事を受け付けた曲。まっ赤な女の子。

表題の如くキョンキョンのイメージを決定付けた曲はまさにこれでしょう。彼女の可愛らしさが爆発する最大の曲です。 wikkより タイトルを初めて聞いた時に小泉は「大人ってなんてやらしい事を考えるんだろう」と思ったとの事。1991年11月には8cmCDがリリース(カップリングは...

「春風の誘惑」は小泉今日子がベストテンの常連になる切っ掛けを作った。。。

小泉今日子と言えば、中森明菜などと並ぶ80年代のTOPアイドルとしてのイメージがあります。 しかしながら、まだデビュー当時においては中堅レベルの人気でしかありませんでした。 この春風の誘惑を歌っている頃は何とかベストテンに入れるくらいのアイドルでしかなかったのです。 ...

小泉今日子のしっとりとしたナンバー「ひとり街角」

この曲は小泉今日子が初めてベストテン入り曲である事をご存知でしょうか? デビューから2曲続けてカバーでしたが、3曲目にして初のオリジナル曲となりました。 wikkより。 当初タイトルは「揺れる街角」であった。 この曲から「夜明けのMEW」まで、初回盤はセミハード袋...

何やらかんやら時代を作ったアイドル:小泉今日子。

1980年代の女性TOPアイドルと言えば、やはりこの人、キョンキョンこと小泉今日子でしょう。 アイドルの王道に居るようで、しっかり個性を打ち出し王道の在り方そのものを変えてしまった特質すべき存在であった気がします。 小泉今日子とは? 小泉 今日子(こいずみ ...

小泉今日子はカバーが多かった「素敵なラブリーボーイ」2nd シングル

小泉今日子が個性的なアイドルで居られたのは、カバー曲のオリジナルアレンジが大きかったと言える。 キョンキョンの曲と思われている多くの曲が実はカバーだったと言うナンバーが多い。 つまり、オリジナルよりもキョンキョンの方がヒットしていたり、インパクトが強かったりするのである。...

小泉今日子のデビュー曲は地味で普通の曲だった。私の16歳。

小泉今日子のデビュー曲を覚えている人は非常に少ないようです。 デビュー当時、彼女は非常に清楚系のアイドルで大人しい感じのキャラで攻めていました。 髪型も、いわゆる”聖子ちゃんカット”で目立たない存在だったのです。 wikkより 森まどか「ねえ・ねえ・ねえ」の...

「LIAR」は中森明菜にとって最後の灯火となってしまった。。。

明菜はこの曲のリリース後、1989年7月11日に自殺未遂事件を起こしてしまいます。 輝かしい彼女の栄光の歴史の最後なったのがこの曲。色々な意味で大きな意味を持つ曲とも言えるでしょう。 wikkより この楽曲は、白峰美津子が作詞し、和泉一弥が作曲を手掛け、西平彰が...

陰りが見え始めたのか…I MISSED “THE SHOCK”あの事件の直前の曲。。。

1989年、芸能界に衝撃が走りました。当時TOPアイドルであり、カリスマの象徴であった中森明菜の自殺騒動です。 しかも、その場所が男性側TOPアイドル近藤真彦の部屋。 正確に言うと浴室なのですが、この事件が世間が与えた衝撃は現在の吉本興業の騒動の比ではありませんでした。 ...

中森明菜の色香が漂う名曲だけども地味なイメージの「BLONDE」

スローなテンポからUPな感じに転調するけれども、基本的には地味に推移する曲。それがBLONDEですね。 wikkより 「BLONDE」は、1987年6月3日にシングル・レコードで発売された。この楽曲は、BidduとWinston Selaによる共作詞・作曲である。こ...

中森明菜の絶頂期の歌にもかかわらずとっても地味な曲「Fin」

「Fin」(フィン)は、日本の歌手中森明菜の楽曲。この楽曲は彼女の16枚目のシングルとして、1986年9月25日にワーナー・パイオニアよりリリースされました。 wikkより 「Fin」は、1986年9月25日にシングル・レコードで発売された。この楽曲は、前作「ジプシ...

ジプシー・クイーンのB面は最後のカルメンと言う歌だった。それだけ。

この曲はある意味では名曲と言えます。中森明菜の雰囲気と魅力を最大限に伝えている楽曲との評価もあります。 wikkより 本作のレコードジャケットでは、中森が中学生の時に透明の下敷きに好きなタレントの写真などを入れていた経験から、ジャケット写真だけを楽しめるようバーコー...

中森明菜「ミ・アモーレ」はヨーロッパを強く意識した曲だったのか!?

セカンド・ラブを除けば明菜最大のヒット曲となった「ミ・アモーレ」。 この曲の特徴は何と言っても明菜ビブラートと呼ばれるロングトーンの部分でしょう。アリアナ・グランデも真っ青の発声です。 当時はマライアもデビューしてませんし、ホイットニー・ヒューストンもブレイク前です。米国...

サザン・ウインドの振り付けは中森明菜の中でも最高傑作の一つ。

18歳から19歳に掛けてのメモリアルソング、それがサザンウインドです。 動画見れば分かりますが、風格あり過ぎてとても18歳には見えません。どちらかと言うと銀座のママに近いです(笑) 紆余曲折もなくすんなり生まれた曲で、作ったのは当時最大のヒットメーカー玉置浩二。 ...

禁区は中森明菜の新しい世界観を築いたのか?

中森明菜がデビューして1年ほど経った時に出した曲がこの「禁区」です。 この頃ともなると段々と風格もオーラも、いわゆる中森明菜膳としていて、みんながイメージする明菜の様相であったと思います。 wikkより 「禁区」は、1983年9月7日にシングル・レコード で発売...

中森明菜は2曲目の少女Aで大ブレイクを果たしました。

あの中森明菜と言えど、デビューでいきなり売れた訳ではありません。 短い期間ではありますが下積みたいな時期はありました。実際にデビュー曲のスローモーションはヒットしていません。 中森明菜がブレイクするきっかけとなった曲はセカンドシングルの「少女A」 という訳で今回...

中森明菜の楽曲をデビュー曲から振り返って見よう!特に意味はないけどww

日本の芸能史を振り返る時、各局はこぞって美空ひばりを取り上げることが多い。特にBSの歌番組はその特集ばかりだ。 その次に多いのは山口百恵かも知れない。 でも、昭和代表の歌姫と言えば、やっぱりアイドルのい頂点を極めた中森明菜の存在を無視できない。 歌唱中に彼女が放...

ノーカット版のオールナイトフジを引き続き見る!かなりしつこいけれどもwww

まだまだ引き続きノーカット版でオールナイトフジを振り返りたいと思います。 ニコニコ大百科より 「オールナイトフジ」の女子大生パワーで番組を盛り上げる方法論を女子高生に転用した「オールナイトフジ女子高生スペシャル」という特番を放送したところこれも好評となり、平日夕方に帯バラ...

オールナイトフジのフル動画ノーカット版を引き続き鑑賞する。平成版も含む。

オールナイトフジのコンプリート版が挙げられているので、引き続き鑑賞しましょう。 ニコニコ大百科より タイトルからわかるように、元々は「オールナイトニッポン」(ニッポン放送)のテレビ版として企画された。 第1期は歌手の舟木一夫、「オールナイトニッポン」初代パーソナリティの...